松尾芭蕉は一六四四年 伊賀上野で生まれ、生涯を俳諧の道についやし偉大な業績を残しました。
中でも江戸深川を出発し約五ヶ月六百里の旅を大垣で終えた『奥の細道』は今も語り継がれています。
芭蕉ゆかりの水門川船町港跡や奥の細道むすびの地記念館など大垣はそれらを感じらることのできる地です。





美濃路とは、東海道の宮宿と中山道の垂井宿をつなぐ、街道で五街道に次ぐ重要な脇街道としての役割を果たしてきました。
特に、京へ向かう場合、「七里の渡し」で
ゆく海路より安全性が高かったことから
この街道を利用する旅人が多かったようです。
また、慶長10年(1605)の日韓和約成立以後は朝鮮通信使が美濃路を利用しました。






      






城下町大垣に初夏の訪れを告げる大垣まつり。
大垣まつりは350年余の伝統を誇り
11両の輌(やま)が城下町を練り歩き
華麗な元禄絵巻を繰り広げます。

俵町では大黒輌を
魚屋町・竹島町と年々交代で曳いている。